25日に発売されたコミックス最終巻でフィナーレを迎えた週刊少年ジャンプ(集英社)の人気漫画「呪術廻戦」(作・芥見下々(あくたみげげ))。この漫画を通じ、幅広い世代に知られるようになった名前がある。「両面宿儺(りょうめんすくな)」だ。4本の手と二つの顔を持つ「呪いの王」として描かれ、呪いをはらう主人公と相対する。そのモチーフとなった異形の人物の伝承が岐阜県飛驒地方に今も残るという。現地を訪ねると、多様な「顔」が見えてきた。
岐阜県高山市の丹生川(にゅうかわ)支所に高さ約3メートルの「両面宿儺像」がある。
解説する碑文には、約1600年前、身の丈3メートルの両面に手足がある両面宿儺が「飛驒から美濃をかけめぐり郷土のために武勇をふるった」とし「発祥の地」とある。
伝承は、旧丹生川村の地域に根ざしている。
「開山したのは両面宿儺だと伝わっています」。こう語るのは千光寺(同市丹生川町)の住職・大下真海さんだ。
飛驒の豪族だった宿儺が仏法の契約によって出現、袈裟山の山頂で法華経などを掘り出し、寺の名を「袈裟山千光寺」としたという。寺には、江戸時代の仏師、円空によるものを含め計4体の宿儺像がまつられている。
同じく丹生川町にある善久寺には「両面宿儺出現記」が残る。「仁徳天皇の時代、日面村の出羽ケ平の山上が大鳴動し、岩壁が崩れて生じた岩窟から両面宿儺が現れた」と記される。住職・近藤洋右さんによると、境内には戦いを前に宿儺が食事をしたとされる「御膳石」がある。村人に累が及ぶのを回避するため、もてなしの鍋を、軒から外れたところにあった石をお膳に見立て食べたという。
地域では開拓を進めた「英雄」として伝わり、「すくなさま」「両面さま」などと親しまれる。名を冠したイベント「飛驒にゅうかわ宿儺まつり」では、かつて直径6.1メートルの「宿儺鍋」が使われた。へちまのような形をした名産品は「宿儺かぼちゃ」、高山市のご当地ゆるキャラは「すくなっツー」という。
高山市以外にも、宿儺という豪族が創建したという伝承を持つ日龍峯寺(関市下之保)がある。宿儺が天皇に対面した帰り道、高沢の峰にいた竜を退治して、寺を開いたという。下呂市金山町にも、出羽ケ平から出現した宿儺が飛来して五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願ったという言い伝えが残る。
宿儺の存在は、日本最古の正史と言われる奈良時代の「日本書紀」(720年成立)にも記述があるが趣は異なる。
「飛驒国に一人の人がおり、宿儺といった。一つの胴体に二つの顔があった。顔は互いに反対を向いていた」「頭の頂は一つになり(略)それぞれに手足があった」「左右に剣を佩(は)き、四本の手は共に弓矢を使った。そうして皇命に従わず、人民を略奪して楽しんでいた」(小学館「新編日本古典文学全集3 日本書紀②」より)
朝廷に敵対し、人々に害をなす悪者として成敗されたという。「呪術廻戦」の作者芥見さんもキャラクター作りの際に日本書紀などを参考にした、とジャンプ誌上で語っている。
伝承の地に残る像 生み出すリアリティー
朝廷に刃向かう悪者と、地域で信仰される英雄。その描かれ方に「両面」があるのはなぜか。
国際日本文化研究センターの…